ジスロマック

[YD]よのって、誰?

いや、正体はバレバレなんだけどね(笑)

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2013.06.09 Sunday

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    2004.05.11 Tuesday

    ボランティア…

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      結構楽しみに読んでいる「Women's Blog」の中に書かれていた記事。

      Women's Blog | 開墾日和(笑)

      ボランティアの記事を読むと、心にくすぶっている「モヤモヤ」が、頭をもたげてきて、ちょっとむず痒い気持ちになる。

      意識の中に常に「ボランティア」があるのに、行動できない自分…。

      最初にボランティアを強く意識したのは、阪神大震災の時。
      それまではボランティアについては、漠然とした意識しか、持っていなかった。

      あの時、ボクは就職2年目を無事終えようとするサラリーマンだった。
      朝7時半に東京駅八重洲南口にあった会社に着いていなければいけなかったボクは、いつも通り5時45分に家を出て、6時の横須賀線に乗って、会社へ向かった。

      7時過ぎ、東京駅に着き、八重洲口に向かう通路の中で「関西地方の自身の為、新幹線が運転見合わせ」のアナウンスが流れていた。
      そのときは「何を大げさな」と思っていた。「新幹線はすぐ止まるんだから」と。

      朝の仕事もひと段落し、ちょっと手がすいた10時半頃、部長と営業マンが「どうやら関西がすごいことになっているらしい」という会話をしているのが耳に入った。直後に部長から「テレビをつけてくれ」と声がかかり(ボクの下にはいっこうに新入社員が入ってこなかったので、そんな仕事も多かった)、NHKにチャンネルを合わせる。

      目に入ってきたのは、長田区の火災。
      戦争のような、「町中が燃え上がる」光景。

      地震があったのは午前5時46分。
      その時間まで、ボクは事実を知らなかった。

      新幹線が止まったのも「大げさ」ではなかったのだ。

      その日1日仕事を終え、帰りの電車に乗るために駅に向かう。
      東京駅は、朝以上の混乱。

      しばらく立ち尽くした。
      不意に「行かなきゃ」と思った。
      いわゆる「災害ボランティア」として、いかなきゃ、と思った。

      …が、出来なかった。
      ボクの就職したのはいわゆる「一部上場企業」。高卒では到底入ることの出来なかった会社。
      高齢の親も喜んでくれていた。やっと自分のペースも出来た。
      でもボランティアをしている間「自分を維持する」蓄えもない。なのにその半年前に飼ったパソコンのローンはあった(笑)。

      そんな自分を「手放して」現地に向かう勇気がなかった。
      だから、「災害復興基金」にいくばくかのお金を入れることしか、できなかった。

      1年後、有給を使って神戸の町を3日間、歩きとおした。
      まだ復興の終わっていない頃。自分はせめて「その光景」を覚えておくことくらいしか出来ない、と、その頃は思っていた。
      「何かあったときに、今度こそ動けるように」目に焼き付けて置こうと。

      後に田中康夫(現長野県知事・作家)が執筆した「神戸震災日記」に出会って、愕然とした。

      彼は、東京で執筆の仕事をしながら、週末大阪のホテルに拠点を置き、現地で調達したスクーターを使って、自分が東京で調達した「支援物資」を配って回る、という生活を半年以上続けていたのだ。

      当時、批判は多かったようだ。
      曰く「自分は暖かいホテルに住んで何がボランティアだ」とか、
      「売名行為だ」とか。

      ボクは即座に「違う」と思った。

      高校時代「救急法」というものをしばらくカジった時に、「救命のための鉄則」というのをくどいほど教えられた。
      その中でもっとも口をすっぱくして言われたこと、それは「二次災害の防止」だった。
      「助けに行くお前が死ぬようなマネはしてはいけない。自分の命まで危険にさらされる局面であれば、救助を断念するんだ」と。

      だから「田中康夫を批判するのは間違いだ」と思った。
      少なくとも彼は「行動」したのだから。
      彼に賛辞を送るとともに、そういう行動を「思いつかなかった」自分がとても情けなかった。

      大げさに、構えすぎていたのだ。

      今でもそのことはトラウマになっている。

      独立したあと、今のカミさんの友人(カミさんとも、その友人とも、かなり長い付き合いになる)と、同じようなことを朝まで語り明かした。
      悔し涙でカッコ悪いところを見せていたボクに、彼女はこう言った。

      「だって、あなたのいましている仕事は、立派なボランティアじゃない?」

      ボクの仕事(パソコンの個人向け出張サポート)がボランティアだと言われた時には正直ショックだった。
      ボク自身は当然「ビジネス」だと思って日々仕事をしていたわけだから。

      彼女はボクに「人の役に立つ為に行動すること」がボランティアなのだと、言葉の端々で教えてくれた。ボクの仕事を弁護しながら「形は関係ないんだ」と、言い聞かせてくれた。

      その「形は関係ない」と言う言葉を、無にしたくはなかった。

      仕事は幸い、丸5年続いた。
      苦しいながらも、何とか6年目を迎えることが出来た。
      「ボクを呼んでくれる人たち」…お客様…に対する感謝と初心を忘れずに、お客様の希望に一つでもこたえられるように自分を磨いていこう、とは常々思っている。

      まだ自分にも、生活にも余裕はないし、結婚もし、子供も出来てしまった(笑)から、まだ「その次の一歩」には、踏み出せていない。些細なことからはじめてはいるけれど、それがどれだけ役にたっているのかさえ、わからない。

      「実感」のあるものなのか、果たしてその実感とは「実態のある」ものなのか…それすらも不明だけど(笑)。

      あんまり深く考えないようにしながら、出来ることから始めていこう…そう思いながら、それでも自分に言い訳をしてしまいそうな今の状態…

      数年前、仕事のホームページのコラムでエラソーなことを書いたけど、まだそのときに書いた「本当の強さ」に、ボクはたどり着けていないらしいことに、件のブログを呼んでいて気がついた。

      whiteさんがうらやましい…。
      なんて泣き言言ってちゃいけないかな?
      2013.06.09 Sunday

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        コメント

        本当だ!(笑)
        奥様のお友達だぁ〜♪(爆)
        2004/05/12 7:08 PM by white
        また難しい話になってしまいました(汗)

        「あきない」いい言葉ですね。力を抜かず、でも無理をせず(笑)が、一番長続きするようです。
        「肩に力が入っている」と、何にもいいことがないって気がついたのは、この話のときなので、経験者は語る、的な(笑)。

        ちなみに件の「励まし」をくれたのは、カミさんの友達です。カミさんではありません…(笑)
        2004/05/12 12:46 PM by よの
        トラックバックありがとうございます(光栄です(笑))。

        よのどのもステキですが、
        奥様もとってもステキな方ですね♪

        できることから・・・。
        本当にそう思います。

        あたしも、
        あきない
        で続けたいと思います。
        どんな形でも。。。
        2004/05/12 6:47 AM by white

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        ボランティア
        「ボランティア・・・」 昨日のお昼から今日の夜までとっても落ちていた(笑)。 よのどののBlogを読んで、 元気になった(←げんきん♪、よのどのありがとう!)!
        (Women's Blog 2004/05/12 12:18 AM)

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