ジスロマック

[YD]よのって、誰?

いや、正体はバレバレなんだけどね(笑)

<< December 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

<< 生ポッチャマ | TOP | 海洋観測艦「ふたみ」自衛艦旗返納行事 >>

2013.06.09 Sunday

スポンサーサイト

0


    一定期間更新がないため広告を表示しています


    | - | - | - | - | - | |
    2010.03.15 Monday

    変わりゆく長浦港

    0


      JUGEMテーマ:地域/ローカル

      過日、旧関東自動車工業本社工場跡地の工事が進んでいる…という記事を書きましたが、工事が進んでいるのはそこだけではありません。

      長浦港近辺でも、様々な工事が急ピッチで進められています。
      今まで老朽化し、空き倉庫と化していた場所がどんどん解体され、整地されていっています。



      例えば、上記長浦港倉庫地区の地図のうち、右下の「2」「12」「16」「17」「18」「19」と倉庫が密集していた部分の写真がこちら。



      綺麗に更地に。
      この先にある比与宇トンネルの中にあるものと同じような、旧海軍比与宇地下壕の搬出入口が、丸見えになっています。
      (トンネルの中の出入口も含め、つながっているようですが)

      こちらは昨年撮影した同じあたり。



      この「12号倉庫」は、適度な枯れ具合(笑)がウケて、ドラマやプロモーションビデオなどの撮影に多数利用された場所。
      すっかり更地になってしまいました(笑)。

      こちらは、前の地図の「A」倉庫跡。
      海から見て裏側の写真。



      建物はもうだいぶ前になくなっていたのですが、整地用でしょうか?土が積み上げられていました。



      こちらが1999年に撮影したもの。
      右上の肌色の建物が旧A倉庫。

      そしてA倉庫の(海から見て)裏側、海上自衛隊および米軍の用地になっている場所にも、土砂が積み上げられています。



      先の地図上で「サイロ」「14」と書かれているあたり。
      サイロと14号倉庫はまだ残っています。
      この2枚の写真に向かって左側の、海上自衛隊使用部分の写真がこちら。



      どうやら奥の山を切り崩した土砂なのかな…という推測が成り立ちます。

      自衛隊が使用することになる…という噂がちらほら聞こえてきたので、ちょっと調べて見たところ、関東自動車工業跡地だけでなく、長浦港あたりに自衛隊の施設が集約されることがある程度決まっていたようです。

      ちょうどつい最近、このブログでも幾度か紹介した「K号倉庫」のアキライケダギャラリーが移転する…という話を聞き、「K号倉庫」周辺もどうやら関東財務局に返上するらしい…という噂が聞こえてきたりもしていたので、もしかするとこの一帯もいずれ解体され、自衛隊の使用エリアになるのかもしれません。


      1999年撮影。かなり古いですが、まだとりあえず建物は現存しています。

      横須賀市ホームページの「横須賀市と基地「返還、集約移転要望中の施設」(横須賀市企画調整部基地対策課)」(http://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/kithitai/03/youbou.html)に、平成15年に締結された協定として、次のような記載があります。

      ・横須賀弾薬整備所大矢部弾庫
      横須賀弾薬整備所比与宇弾庫に集約移転する協定を横浜防衛施設局と締結した。(15.12.22)
      ・潜水医学実験隊庁舎
      海上自衛隊田浦地区に集約移転する協定を横浜防衛施設局と締結した。(15.12.22)
      ・久里浜貯油所
      移転後、横須賀市が使用し、市営長浦桟橋を海上自衛隊が使用する協定を横浜防衛施設局と締結した。(15.12.22)



      おおまかにしか書かれていませんが、「田浦地区」に当たる部分として、長浦港の倉庫用地がかなりの割合で「持っていかれる」ことになるのでしょう。
      上記にもある通り、かつて捕鯨母港として隆盛を極め、飼料の荷揚げ拠点でもあり、最近では台風発生時の民間船の避難場所であった市営桟橋も、自衛隊の管理下に置かれる事になります。



      1枚目は1999年、2枚目は2007年の写真。
      最後の写真は去年(2009)年の観艦式の時のもの。「にちなん」が、他のフネに場所を開けるために吉倉桟橋から避難してきています。

      まあ、長浦港自体が旧軍の使用していた港で、田浦側はかつて海軍軍需部のあった場所でもあることから、「先祖帰り」している…と言う事は出来るでしょう。
      もともと海上自衛隊の各地方総監部の中でも、横須賀は特に施設が分散していて機能的でない…という事も言われていたようなので、こうやって集約されることで利便性が上がることは何よりだし、大矢部の弾薬庫何かは住宅地と道路一つ挟んだ向かい…というちょっとおっかないロケーションにあるので、ここが返還されるのであれば住民にとっては有難いこと。

      ボクはご承知の通り(笑)なので、ここに施設が集約される事についてあまり異議を持っていません。

      ただ、「子供の頃からの思い出」がなくなりつつあるのは、ちょっと寂しいかな…

      2013.06.09 Sunday

      スポンサーサイト

      0



        00:48 | - | - | - | - | - | |
        関連する記事:

        コメント

        コメントする









        この記事のトラックバックURL

        http://yonosan.jugem.cc/trackback/1090

        トラックバック

        ▲top